これ、アップするの忘れてた…最近歌舞伎観てない…
新橋演舞場夜の部
「ヤマトタケル」
猿之助襲名披露興行である。
スーパー歌舞伎を観たのは実は初めてだ。音楽がイマイチだが、立ち回りはスピーディーだし、まずまず楽しめる。
さて、亀治郎改め新猿之助だが、踊りの上手い人だけに、立ち回りがよく、また、襲名興行の緊張感が良い方向に出て充実の舞台である。小柄で舞台映えする方ではないと思っていたが、新名跡に違わぬ大きさを見せた。一層の飛躍を感じさせる。
キシクモあんなこと、こんなことが起きたとイロイロ書きつらねマス。 「く」じゃね?は禁句デス。 好きなもの(こと)は、iOSデバイス、義太夫、歌舞伎、料理、ダイエットしながら食べ放題、小言、お片付け、モノから入る、ノマドキドリ、など
2012年10月14日日曜日
2012年9月17日月曜日
さよならSB、こんにちはau
というわけで、長年親しんだキャリアを離れ、新たなキャリアに嫁ぐことにいたしましたわ。
ガラケー、iPhone3G、iPhone4とSBを利用してきたわけだが、幸か不幸か電波の悪さに悩まされることはそんなに無かったのである。尤も、前身のぼーだふぉんから使っていたので、ほかの良さを知らなかったので、良いも悪いもなかったのだけど。「私、夫しか知らないの…」というのとおんなじね。
で、iPhone4Sは見送ったので2年サイクルで5になったら変えようとは思ってたものの、SBに離縁状を渡す予定は特に無かったのだ。そう、あれがなければ。
プラチナバンド。
SB関係者にとってのマジックワード。SBのすべてがこの言葉の元に薔薇色になるはずだった。「つながりたい」という欲求不満を満たしてくれる、そんなあなた、プラチナバンド。七月末からはめくるめくつながりっぱなしの日々。だったはず、SBの宣伝通りであれば。
もちろん、そんな期待をしていたわけではなかったのだが、多少は変わるかなぁとは思っていた。暴力ギャンブル夫の更正をどこかで信じてやまぬ幼妻のように(ちがうか…)。
ところが、ふたを開けてみると、良くなるどころかサービス開始前からなぜか職場の電波状況が悪化し(理由は不明だが明らかな悪化だった)、プラチナ化されたのもようやく今月だった。ちなみに職場は千代田区だが。(SBのために書いておいてあげるが、プラチナ化されてからは問題ない。多少良くなったようには思う)。
これは、相当、イライラした。「私、夫のこと、信じてたんです。疑いもしなかったわ。でも、あの人、嘘をついていたんです(伏して号泣)」という感じである(ちがうが…)。これか、噂の電波最悪は!と卒然と立ち上がってしまったほどである。
そうしているうちにも、SMAPのPはプラチナのP、とばかりにCMでは、つながりっぱなしでめくるめく日々にようこそ、と盛んにうたいあげていた…
気がつくと私は妻と連れだって、auのお店を訪れていた。人々はテザリングできても、速度制限あんだぜ?などと言っているが、些末な問題だ。機種代の微々たる価格差など、どうでもよい。
裏切りも背徳もない、平凡な毎日でいいじゃないか。毎日、つながるべくしてつながる。そんなauライフ、はじまります!
ガラケー、iPhone3G、iPhone4とSBを利用してきたわけだが、幸か不幸か電波の悪さに悩まされることはそんなに無かったのである。尤も、前身のぼーだふぉんから使っていたので、ほかの良さを知らなかったので、良いも悪いもなかったのだけど。「私、夫しか知らないの…」というのとおんなじね。
で、iPhone4Sは見送ったので2年サイクルで5になったら変えようとは思ってたものの、SBに離縁状を渡す予定は特に無かったのだ。そう、あれがなければ。
プラチナバンド。
SB関係者にとってのマジックワード。SBのすべてがこの言葉の元に薔薇色になるはずだった。「つながりたい」という欲求不満を満たしてくれる、そんなあなた、プラチナバンド。七月末からはめくるめくつながりっぱなしの日々。だったはず、SBの宣伝通りであれば。
もちろん、そんな期待をしていたわけではなかったのだが、多少は変わるかなぁとは思っていた。暴力ギャンブル夫の更正をどこかで信じてやまぬ幼妻のように(ちがうか…)。
ところが、ふたを開けてみると、良くなるどころかサービス開始前からなぜか職場の電波状況が悪化し(理由は不明だが明らかな悪化だった)、プラチナ化されたのもようやく今月だった。ちなみに職場は千代田区だが。(SBのために書いておいてあげるが、プラチナ化されてからは問題ない。多少良くなったようには思う)。
これは、相当、イライラした。「私、夫のこと、信じてたんです。疑いもしなかったわ。でも、あの人、嘘をついていたんです(伏して号泣)」という感じである(ちがうが…)。これか、噂の電波最悪は!と卒然と立ち上がってしまったほどである。
そうしているうちにも、SMAPのPはプラチナのP、とばかりにCMでは、つながりっぱなしでめくるめく日々にようこそ、と盛んにうたいあげていた…
気がつくと私は妻と連れだって、auのお店を訪れていた。人々はテザリングできても、速度制限あんだぜ?などと言っているが、些末な問題だ。機種代の微々たる価格差など、どうでもよい。
裏切りも背徳もない、平凡な毎日でいいじゃないか。毎日、つながるべくしてつながる。そんなauライフ、はじまります!
2012年6月2日土曜日
おじさんのためのダイエット講座 その3
<筋肉を増やすトレーニング>
さて、コレステロールが下がらない私だが、エラそうに講座を進めます!(実はこれの存在をわすれかけていたのだが…)
前回、(基礎)代謝上昇こそがダイエットの肝であると書いたが、では、何をすれば良いか。筋肉を使い、増やす。俗に言う、筋トレ、である。
筋トレというと、ジムに行ってマシンやフリーウェイトをやる、とか、自宅でダンベル体操や自重トレーニングをやる、などまぁいろいろ方法はある。
私のようなおじさん達は仕事などで忙しいから、それぞれのライフスタイルで選べば良いと思うが、とりあえず毎日ハードにワークアウトは、NGだ。絶対やめようね。
疲労をためてしまうことは筋肉の成長を妨げるのでよろしくない。それと怪我につながるし。
週3日か4日、これが我らおじさんにとっては良いのではないかと思う。ちなみにワタクシは4日だ。
次にトレーニングの質だけど、これはやはり、うわ重い、という程度の負荷をかけないと筋肉増加にはあまり効果が無いようである。
やりようではあるものの、自重トレには限界がある。また、宅トレも制限が大きい。
やはりジム、ということになるが、4日もジムに通えるか?という話である。おじさんとしては厳しかろう。残業もあるだろう、飲みにも行きたかろう、あるいは嫁に隠れてねーちゃんと会ったりする御仁もいよう。よしんば、ジムと懇ろになる!と宣言してみたとて、ジムが物理的に遠いと忙しい現代人にとっては、時間のロスが気にもなろう。
そういう人は私のように宅トレである。ウェイトは安いダンベルを探してくれ。
で、そこそこ重いウェイトで、1日あたり30-45分ほど長くても1時間、集中してトレーニングすることをおすすめする。長くやる時間はおじさんにはないのである。だから、重く、強く、短く、を意識する。
これと関係するのだが、1日のうちに、大きな筋肉(脚とか背中とか胸とか)を二つ以上鍛えるのはやめて、一つに集中することも肝要だ。これは1日のトレーニング時間がないこともあるが、筋肉に回復の時間を与える狙いもある。たとえば、月曜に背中、火曜に胸、木曜に脚、土曜に肩、というように、部位ごとに鍛えると、それぞれは1週間に一度だけ集中して鍛えられ、後は回復にあてられるのである。まさに一石二鳥なプランである。
コレステロール低下は約束できないが、体に良い変化が出ることは確かです!
さて、コレステロールが下がらない私だが、エラそうに講座を進めます!(実はこれの存在をわすれかけていたのだが…)
前回、(基礎)代謝上昇こそがダイエットの肝であると書いたが、では、何をすれば良いか。筋肉を使い、増やす。俗に言う、筋トレ、である。
筋トレというと、ジムに行ってマシンやフリーウェイトをやる、とか、自宅でダンベル体操や自重トレーニングをやる、などまぁいろいろ方法はある。
私のようなおじさん達は仕事などで忙しいから、それぞれのライフスタイルで選べば良いと思うが、とりあえず毎日ハードにワークアウトは、NGだ。絶対やめようね。
疲労をためてしまうことは筋肉の成長を妨げるのでよろしくない。それと怪我につながるし。
週3日か4日、これが我らおじさんにとっては良いのではないかと思う。ちなみにワタクシは4日だ。
次にトレーニングの質だけど、これはやはり、うわ重い、という程度の負荷をかけないと筋肉増加にはあまり効果が無いようである。
やりようではあるものの、自重トレには限界がある。また、宅トレも制限が大きい。
やはりジム、ということになるが、4日もジムに通えるか?という話である。おじさんとしては厳しかろう。残業もあるだろう、飲みにも行きたかろう、あるいは嫁に隠れてねーちゃんと会ったりする御仁もいよう。よしんば、ジムと懇ろになる!と宣言してみたとて、ジムが物理的に遠いと忙しい現代人にとっては、時間のロスが気にもなろう。
そういう人は私のように宅トレである。ウェイトは安いダンベルを探してくれ。
で、そこそこ重いウェイトで、1日あたり30-45分ほど長くても1時間、集中してトレーニングすることをおすすめする。長くやる時間はおじさんにはないのである。だから、重く、強く、短く、を意識する。
これと関係するのだが、1日のうちに、大きな筋肉(脚とか背中とか胸とか)を二つ以上鍛えるのはやめて、一つに集中することも肝要だ。これは1日のトレーニング時間がないこともあるが、筋肉に回復の時間を与える狙いもある。たとえば、月曜に背中、火曜に胸、木曜に脚、土曜に肩、というように、部位ごとに鍛えると、それぞれは1週間に一度だけ集中して鍛えられ、後は回復にあてられるのである。まさに一石二鳥なプランである。
コレステロール低下は約束できないが、体に良い変化が出ることは確かです!
おじさんのためのダイエット講座 その2
太りにくい体質…
さて、若い頃はたくさん食べても太らなかったワタクシ。今、思うと、一つ食生活に大きな問題があったようだが、とりあえず若いと代謝が活発で、体内に取り込んだ栄養をどんどん使っていった感がある。部活とかで運動もしていたし。
ところが、25歳を越えたあたりから、運動不足と加齢により、徐々に肥満細胞が活躍しはじめ、気がつけば太っていた。体がボヨンとしてきたのである。某フィットネスクラブのスタッフに、その浮き輪が不摂生の証拠、などと糾弾されたりもしたのである…
加齢による代謝の低下は、個人差はあれ、必ずある。加えて運動不足で使われない筋肉が失われれば、ますます代謝は下がる。使われない栄養は脂肪として蓄積され、体は重くなり、動きたくなくなり、ますます筋肉は……
…… きりが無いのでやめよう。
そう、太りにくくするには、筋肉をつけることが肝要なのだ。
筋肉は動くのが仕事なので、原則エネルギーを使う。これを増やす(容易ではないが)、もしくはよく使うことで、代謝を上げるのが、ダイエットにとにかく重要だと思われる。後に述べる食生活の改善も同様の目的をもつのだが、この代謝を上げることで太りにくい体質にすることこそが、持続的なダイエットにとってクリティカルである(言い切ってしまおう)。
どうもダイエットというと、体重の増減ばかりに気を取られてしまうのだが、体重が減れば良いのであれば、筋肉を減らしたほうがよい。筋肉は脂肪の約4倍の重さだから。ところが、それで体重が減った、と喜ぶのはまさにぬか喜びであって、筋肉が減れば代謝は落ちるので、その後ドカ食いをしたりしようものなら、体は超過した栄養をさばけず脂肪へと変え蓄えてしまうのである。つまりリバウンドという陥穽にはまってしまうわけ。
ところが代謝があがれば、ちょっと食べ過ぎても、代謝が上がった分は体がさばいてくれるので、リバウンドを抑止できる、はずである(まぁ、そう簡単ではないが)。
代謝を上げる、そのためにはどうすべきか、次から、少し実践的な話に入っていこう。
さて、若い頃はたくさん食べても太らなかったワタクシ。今、思うと、一つ食生活に大きな問題があったようだが、とりあえず若いと代謝が活発で、体内に取り込んだ栄養をどんどん使っていった感がある。部活とかで運動もしていたし。
ところが、25歳を越えたあたりから、運動不足と加齢により、徐々に肥満細胞が活躍しはじめ、気がつけば太っていた。体がボヨンとしてきたのである。某フィットネスクラブのスタッフに、その浮き輪が不摂生の証拠、などと糾弾されたりもしたのである…
加齢による代謝の低下は、個人差はあれ、必ずある。加えて運動不足で使われない筋肉が失われれば、ますます代謝は下がる。使われない栄養は脂肪として蓄積され、体は重くなり、動きたくなくなり、ますます筋肉は……
…… きりが無いのでやめよう。
そう、太りにくくするには、筋肉をつけることが肝要なのだ。
筋肉は動くのが仕事なので、原則エネルギーを使う。これを増やす(容易ではないが)、もしくはよく使うことで、代謝を上げるのが、ダイエットにとにかく重要だと思われる。後に述べる食生活の改善も同様の目的をもつのだが、この代謝を上げることで太りにくい体質にすることこそが、持続的なダイエットにとってクリティカルである(言い切ってしまおう)。
どうもダイエットというと、体重の増減ばかりに気を取られてしまうのだが、体重が減れば良いのであれば、筋肉を減らしたほうがよい。筋肉は脂肪の約4倍の重さだから。ところが、それで体重が減った、と喜ぶのはまさにぬか喜びであって、筋肉が減れば代謝は落ちるので、その後ドカ食いをしたりしようものなら、体は超過した栄養をさばけず脂肪へと変え蓄えてしまうのである。つまりリバウンドという陥穽にはまってしまうわけ。
ところが代謝があがれば、ちょっと食べ過ぎても、代謝が上がった分は体がさばいてくれるので、リバウンドを抑止できる、はずである(まぁ、そう簡単ではないが)。
代謝を上げる、そのためにはどうすべきか、次から、少し実践的な話に入っていこう。
2012年5月26日土曜日
おじさんのためのダイエット講座 その1
さて、実はダイエットに成功したと思われるワタクシです。
リバウンドもなく、スリムになったアタシ……
昨秋あたりから、弱っていく体を変えたくて、万病の元である肥満を克服すべく、いろいろと取り組んできたのだが、最近の勉強とその実践が成果をもたらしているようなので、それをつらつらとまとまりなく書いていきたい。では…
ダイエットの基本法則は極めてシンプルである:
君の脂肪=取り入れた養分(A)− 使ったエネルギー(B)
それだけである。食事を節制して(Aを減らし)、運動をせよ(Bを増やす)、とお医者さんがおっしゃるのは誠に理にかなっておる。だが、実践からは遠いのである。数学の美しい数式を実際問題との間には人による適切な運用・応用があるわけで、ダイエットにもそこのところに浮沈がかかってくるわけだ。
もう一つ、ここに一つ大きな問題がある。この基本法則は体の余分な脂肪についてのみの式であり、そこには「太りにくい体質作り」という視点が欠けている。ただ養分を減らし、消費を増やせばよい、というわけではないのだ。
体作りを常に意識しつつ、「入」と「出」のバランスを取るのが、正しきダイエットなのである。
以下、今後の予定。
・太りにくい体質とは
・筋肉を増やすトレーニング
・食事の回数を増やす?!
・有酸素運動はやめる
etc
リバウンドもなく、スリムになったアタシ……
昨秋あたりから、弱っていく体を変えたくて、万病の元である肥満を克服すべく、いろいろと取り組んできたのだが、最近の勉強とその実践が成果をもたらしているようなので、それをつらつらとまとまりなく書いていきたい。では…
ダイエットの基本法則は極めてシンプルである:
君の脂肪=取り入れた養分(A)− 使ったエネルギー(B)
それだけである。食事を節制して(Aを減らし)、運動をせよ(Bを増やす)、とお医者さんがおっしゃるのは誠に理にかなっておる。だが、実践からは遠いのである。数学の美しい数式を実際問題との間には人による適切な運用・応用があるわけで、ダイエットにもそこのところに浮沈がかかってくるわけだ。
もう一つ、ここに一つ大きな問題がある。この基本法則は体の余分な脂肪についてのみの式であり、そこには「太りにくい体質作り」という視点が欠けている。ただ養分を減らし、消費を増やせばよい、というわけではないのだ。
体作りを常に意識しつつ、「入」と「出」のバランスを取るのが、正しきダイエットなのである。
以下、今後の予定。
・太りにくい体質とは
・筋肉を増やすトレーニング
・食事の回数を増やす?!
・有酸素運動はやめる
etc
2012年3月2日金曜日
ランニングはじめました♪
およそ一ヶ月くらい続いたので、ランニングをはじめたと言ってよかろう。
いろいろと走り始めて用意したものなど書いておく。
いきなりだが、二十歳の時とくらべて、私は今15キロも重くなっている。小太りのおっさんと言ってよいレベルだ。
十数年の不摂生の末走る場合、いろいろとショックが大きい。物理的に膝や足首にくる。体が少し遅れてついてくるフシギな感覚(脂肪だ)。脚はあっという間に動かなくなる。
わたしの場合、Wii Fitでしばらく遊んでから走り始めたので、割とスムーズな開始になった。多少なりとも動く習慣をつけてから走り始めたほうがよいというのは実に真実だ。
ところで走り始めたきっかけの一つが、iPod nanoである。これを腕時計にしてBluetoothのヘッドフォンと組み合わせてコードレスで音楽をという理由で買ったのだが、フィットネスアプリが標準でついてきて、単体でランニングの記録をできることに気がついたわけ。コードレスだからすぐにでもランニングに移行できるな、と。
走り始めでは、ランニングシューズ(昔買ったアディダス)、ジャージの下、アウトドア用の高機能長袖、むかーし買ったスポーツ用のTシャツ、という出で立ち。タオルを首に巻いたら、正しいジョギングおやぢ、である。またジャージがこれまた正しく、サイドにラインが入っており、田舎の中学生感が満載だ。
しばらくは、そうした出で立ちに、コードレスのiPod nanoというアンバランスな格好で、走っていたわけだが、だんだん走りやすい服装を求め始める。現在は、相変わらずアウトドア用の高機能長袖ながら、ランニング用のウィンブレ、ランニング用手袋(寒いからね)、ランニングタイツ、フィットネス用の短パン、ランニングシューズ、になった。
このランニングタイツだが、当初、私には偏見があった。ところが、この寒さで走っていると、うっかり肌を露出した部位の筋肉が縮こまって動きが悪くなり痛みそうになる状態になる。ランニングタイツには脚の筋肉の保護も期待されるとあって、とりあえず買ってみたのだが、良いわ〜(ごっちゃん風)。走りやすいし、短パンとの組み合わせも市民権を得ていてそんな変でもないし、保温と適度な汗の逃げ具合も快適だし、脚は保護されている感があるし。この季節欠かせないアイテム、という結論である。偏見の話はもう書く必要がない、という熱い支援を獲得したわけである。ウェアでこれだけ走りが快適になると、これはスポーツ用品店を覗くしかない、となるなぁ。明日の昼休み覗いてみるか。
で、今はダイエットで走っていることもあり、またサラリーマンであることもあり、一日おきに30分走ることにしておる。多摩川の堤防をえっさほいさと走っておるのぢゃ。痩せる予感がひたひたと押し寄せてきています(いや、ほんとに)
いろいろと走り始めて用意したものなど書いておく。
いきなりだが、二十歳の時とくらべて、私は今15キロも重くなっている。小太りのおっさんと言ってよいレベルだ。
十数年の不摂生の末走る場合、いろいろとショックが大きい。物理的に膝や足首にくる。体が少し遅れてついてくるフシギな感覚(脂肪だ)。脚はあっという間に動かなくなる。
わたしの場合、Wii Fitでしばらく遊んでから走り始めたので、割とスムーズな開始になった。多少なりとも動く習慣をつけてから走り始めたほうがよいというのは実に真実だ。
ところで走り始めたきっかけの一つが、iPod nanoである。これを腕時計にしてBluetoothのヘッドフォンと組み合わせてコードレスで音楽をという理由で買ったのだが、フィットネスアプリが標準でついてきて、単体でランニングの記録をできることに気がついたわけ。コードレスだからすぐにでもランニングに移行できるな、と。
走り始めでは、ランニングシューズ(昔買ったアディダス)、ジャージの下、アウトドア用の高機能長袖、むかーし買ったスポーツ用のTシャツ、という出で立ち。タオルを首に巻いたら、正しいジョギングおやぢ、である。またジャージがこれまた正しく、サイドにラインが入っており、田舎の中学生感が満載だ。
しばらくは、そうした出で立ちに、コードレスのiPod nanoというアンバランスな格好で、走っていたわけだが、だんだん走りやすい服装を求め始める。現在は、相変わらずアウトドア用の高機能長袖ながら、ランニング用のウィンブレ、ランニング用手袋(寒いからね)、ランニングタイツ、フィットネス用の短パン、ランニングシューズ、になった。
このランニングタイツだが、当初、私には偏見があった。ところが、この寒さで走っていると、うっかり肌を露出した部位の筋肉が縮こまって動きが悪くなり痛みそうになる状態になる。ランニングタイツには脚の筋肉の保護も期待されるとあって、とりあえず買ってみたのだが、良いわ〜(ごっちゃん風)。走りやすいし、短パンとの組み合わせも市民権を得ていてそんな変でもないし、保温と適度な汗の逃げ具合も快適だし、脚は保護されている感があるし。この季節欠かせないアイテム、という結論である。偏見の話はもう書く必要がない、という熱い支援を獲得したわけである。ウェアでこれだけ走りが快適になると、これはスポーツ用品店を覗くしかない、となるなぁ。明日の昼休み覗いてみるか。
で、今はダイエットで走っていることもあり、またサラリーマンであることもあり、一日おきに30分走ることにしておる。多摩川の堤防をえっさほいさと走っておるのぢゃ。痩せる予感がひたひたと押し寄せてきています(いや、ほんとに)
2012年2月9日木曜日
勘九郎襲名
新橋演舞場 夜の部
「鈴ヶ森」
吉右衛門、勘三郎の初顔合わせは、近年にない充実の舞台。新勘九郎の門出の興行に相応しい見事さ。
まず、勘三郎が本役で、隙のない芝居。時折、亡き芝翫を思わせる上品さで、大変行儀のよい芝居である。
それを受けて吉右衛門の長兵衛が大きい。これは藝格の大きさがそのまま役に反映されているからである。
それにしても、藝風の対照的な二人だが、それが干渉することなく、いやむしろ共鳴し、舞台上に光芒を放つのである。これは吉右衛門、勘三郎共に藝の充実を物語るものであり、是非ともこの顔合わせを他でも見たいと思わせた。
これを見逃しては、歌舞伎ファンは大損だろう。記憶に残ることの間違いない舞台である。
「口上」
私は、襲名披露口上が大好きである。この襲名という日本的なものは、歌舞伎の魅力の一つであることは疑いあるまい。
それにしても、勘九郎のテキパキとした口上。最近の充実ぶりが見て取れる、立派な新勘九郎である。
「春興鏡獅子」
新勘九郎の鏡獅子。もちろん夜の部の主役である。
さて、どうかというと勿論良い。とりわけ後ジテは、連獅子などで見せるいつもの迫力、キレの良い動き、と大変見応えがある。予想通りで実に堪能した。
さて、弥生であるが、私はこの踊りに注目をしてこの演目は見ている。さして踊りが分かるわけでもない私でも弥生の踊りを楽しめれば、それは文句なしであろうと思うからだ。
今宵の勘九郎は、踊りの楽しさを知らしめるとまではいかなかったが、よく踊っていたように思う。なるほど弥生として見ることができたというのが一因。ただ一つ気になったのは、この人の踊りには、丸み、がもう一つということ。柔らかさと言っても良いのだが、体がキレる人だけに、どうも「動けてしまう」きらいがあるように思う。
踊りの面白さは、必ずしも体が動くことでないことは、晩年の芝翫や富十郎が教えてくれた。実際に動いているかどうか、よりも、その動きの残像、もしくは延長のようなものを残せるかどうか、ではないか。
とまれ、新勘九郎の舞台はいずれそうした舞台を見せてくれるであろう予感に満ちている。
襲名披露興行として、もっとも嬉しいお土産である。
「ぢいさんばあさん」
パス
「鈴ヶ森」
吉右衛門、勘三郎の初顔合わせは、近年にない充実の舞台。新勘九郎の門出の興行に相応しい見事さ。
まず、勘三郎が本役で、隙のない芝居。時折、亡き芝翫を思わせる上品さで、大変行儀のよい芝居である。
それを受けて吉右衛門の長兵衛が大きい。これは藝格の大きさがそのまま役に反映されているからである。
それにしても、藝風の対照的な二人だが、それが干渉することなく、いやむしろ共鳴し、舞台上に光芒を放つのである。これは吉右衛門、勘三郎共に藝の充実を物語るものであり、是非ともこの顔合わせを他でも見たいと思わせた。
これを見逃しては、歌舞伎ファンは大損だろう。記憶に残ることの間違いない舞台である。
「口上」
私は、襲名披露口上が大好きである。この襲名という日本的なものは、歌舞伎の魅力の一つであることは疑いあるまい。
それにしても、勘九郎のテキパキとした口上。最近の充実ぶりが見て取れる、立派な新勘九郎である。
「春興鏡獅子」
新勘九郎の鏡獅子。もちろん夜の部の主役である。
さて、どうかというと勿論良い。とりわけ後ジテは、連獅子などで見せるいつもの迫力、キレの良い動き、と大変見応えがある。予想通りで実に堪能した。
さて、弥生であるが、私はこの踊りに注目をしてこの演目は見ている。さして踊りが分かるわけでもない私でも弥生の踊りを楽しめれば、それは文句なしであろうと思うからだ。
今宵の勘九郎は、踊りの楽しさを知らしめるとまではいかなかったが、よく踊っていたように思う。なるほど弥生として見ることができたというのが一因。ただ一つ気になったのは、この人の踊りには、丸み、がもう一つということ。柔らかさと言っても良いのだが、体がキレる人だけに、どうも「動けてしまう」きらいがあるように思う。
踊りの面白さは、必ずしも体が動くことでないことは、晩年の芝翫や富十郎が教えてくれた。実際に動いているかどうか、よりも、その動きの残像、もしくは延長のようなものを残せるかどうか、ではないか。
とまれ、新勘九郎の舞台はいずれそうした舞台を見せてくれるであろう予感に満ちている。
襲名披露興行として、もっとも嬉しいお土産である。
「ぢいさんばあさん」
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