さて、実はダイエットに成功したと思われるワタクシです。
リバウンドもなく、スリムになったアタシ……
昨秋あたりから、弱っていく体を変えたくて、万病の元である肥満を克服すべく、いろいろと取り組んできたのだが、最近の勉強とその実践が成果をもたらしているようなので、それをつらつらとまとまりなく書いていきたい。では…
ダイエットの基本法則は極めてシンプルである:
君の脂肪=取り入れた養分(A)− 使ったエネルギー(B)
それだけである。食事を節制して(Aを減らし)、運動をせよ(Bを増やす)、とお医者さんがおっしゃるのは誠に理にかなっておる。だが、実践からは遠いのである。数学の美しい数式を実際問題との間には人による適切な運用・応用があるわけで、ダイエットにもそこのところに浮沈がかかってくるわけだ。
もう一つ、ここに一つ大きな問題がある。この基本法則は体の余分な脂肪についてのみの式であり、そこには「太りにくい体質作り」という視点が欠けている。ただ養分を減らし、消費を増やせばよい、というわけではないのだ。
体作りを常に意識しつつ、「入」と「出」のバランスを取るのが、正しきダイエットなのである。
以下、今後の予定。
・太りにくい体質とは
・筋肉を増やすトレーニング
・食事の回数を増やす?!
・有酸素運動はやめる
etc
キシクモあんなこと、こんなことが起きたとイロイロ書きつらねマス。 「く」じゃね?は禁句デス。 好きなもの(こと)は、iOSデバイス、義太夫、歌舞伎、料理、ダイエットしながら食べ放題、小言、お片付け、モノから入る、ノマドキドリ、など
2012年5月26日土曜日
2012年3月2日金曜日
ランニングはじめました♪
およそ一ヶ月くらい続いたので、ランニングをはじめたと言ってよかろう。
いろいろと走り始めて用意したものなど書いておく。
いきなりだが、二十歳の時とくらべて、私は今15キロも重くなっている。小太りのおっさんと言ってよいレベルだ。
十数年の不摂生の末走る場合、いろいろとショックが大きい。物理的に膝や足首にくる。体が少し遅れてついてくるフシギな感覚(脂肪だ)。脚はあっという間に動かなくなる。
わたしの場合、Wii Fitでしばらく遊んでから走り始めたので、割とスムーズな開始になった。多少なりとも動く習慣をつけてから走り始めたほうがよいというのは実に真実だ。
ところで走り始めたきっかけの一つが、iPod nanoである。これを腕時計にしてBluetoothのヘッドフォンと組み合わせてコードレスで音楽をという理由で買ったのだが、フィットネスアプリが標準でついてきて、単体でランニングの記録をできることに気がついたわけ。コードレスだからすぐにでもランニングに移行できるな、と。
走り始めでは、ランニングシューズ(昔買ったアディダス)、ジャージの下、アウトドア用の高機能長袖、むかーし買ったスポーツ用のTシャツ、という出で立ち。タオルを首に巻いたら、正しいジョギングおやぢ、である。またジャージがこれまた正しく、サイドにラインが入っており、田舎の中学生感が満載だ。
しばらくは、そうした出で立ちに、コードレスのiPod nanoというアンバランスな格好で、走っていたわけだが、だんだん走りやすい服装を求め始める。現在は、相変わらずアウトドア用の高機能長袖ながら、ランニング用のウィンブレ、ランニング用手袋(寒いからね)、ランニングタイツ、フィットネス用の短パン、ランニングシューズ、になった。
このランニングタイツだが、当初、私には偏見があった。ところが、この寒さで走っていると、うっかり肌を露出した部位の筋肉が縮こまって動きが悪くなり痛みそうになる状態になる。ランニングタイツには脚の筋肉の保護も期待されるとあって、とりあえず買ってみたのだが、良いわ〜(ごっちゃん風)。走りやすいし、短パンとの組み合わせも市民権を得ていてそんな変でもないし、保温と適度な汗の逃げ具合も快適だし、脚は保護されている感があるし。この季節欠かせないアイテム、という結論である。偏見の話はもう書く必要がない、という熱い支援を獲得したわけである。ウェアでこれだけ走りが快適になると、これはスポーツ用品店を覗くしかない、となるなぁ。明日の昼休み覗いてみるか。
で、今はダイエットで走っていることもあり、またサラリーマンであることもあり、一日おきに30分走ることにしておる。多摩川の堤防をえっさほいさと走っておるのぢゃ。痩せる予感がひたひたと押し寄せてきています(いや、ほんとに)
いろいろと走り始めて用意したものなど書いておく。
いきなりだが、二十歳の時とくらべて、私は今15キロも重くなっている。小太りのおっさんと言ってよいレベルだ。
十数年の不摂生の末走る場合、いろいろとショックが大きい。物理的に膝や足首にくる。体が少し遅れてついてくるフシギな感覚(脂肪だ)。脚はあっという間に動かなくなる。
わたしの場合、Wii Fitでしばらく遊んでから走り始めたので、割とスムーズな開始になった。多少なりとも動く習慣をつけてから走り始めたほうがよいというのは実に真実だ。
ところで走り始めたきっかけの一つが、iPod nanoである。これを腕時計にしてBluetoothのヘッドフォンと組み合わせてコードレスで音楽をという理由で買ったのだが、フィットネスアプリが標準でついてきて、単体でランニングの記録をできることに気がついたわけ。コードレスだからすぐにでもランニングに移行できるな、と。
走り始めでは、ランニングシューズ(昔買ったアディダス)、ジャージの下、アウトドア用の高機能長袖、むかーし買ったスポーツ用のTシャツ、という出で立ち。タオルを首に巻いたら、正しいジョギングおやぢ、である。またジャージがこれまた正しく、サイドにラインが入っており、田舎の中学生感が満載だ。
しばらくは、そうした出で立ちに、コードレスのiPod nanoというアンバランスな格好で、走っていたわけだが、だんだん走りやすい服装を求め始める。現在は、相変わらずアウトドア用の高機能長袖ながら、ランニング用のウィンブレ、ランニング用手袋(寒いからね)、ランニングタイツ、フィットネス用の短パン、ランニングシューズ、になった。
このランニングタイツだが、当初、私には偏見があった。ところが、この寒さで走っていると、うっかり肌を露出した部位の筋肉が縮こまって動きが悪くなり痛みそうになる状態になる。ランニングタイツには脚の筋肉の保護も期待されるとあって、とりあえず買ってみたのだが、良いわ〜(ごっちゃん風)。走りやすいし、短パンとの組み合わせも市民権を得ていてそんな変でもないし、保温と適度な汗の逃げ具合も快適だし、脚は保護されている感があるし。この季節欠かせないアイテム、という結論である。偏見の話はもう書く必要がない、という熱い支援を獲得したわけである。ウェアでこれだけ走りが快適になると、これはスポーツ用品店を覗くしかない、となるなぁ。明日の昼休み覗いてみるか。
で、今はダイエットで走っていることもあり、またサラリーマンであることもあり、一日おきに30分走ることにしておる。多摩川の堤防をえっさほいさと走っておるのぢゃ。痩せる予感がひたひたと押し寄せてきています(いや、ほんとに)
2012年2月9日木曜日
勘九郎襲名
新橋演舞場 夜の部
「鈴ヶ森」
吉右衛門、勘三郎の初顔合わせは、近年にない充実の舞台。新勘九郎の門出の興行に相応しい見事さ。
まず、勘三郎が本役で、隙のない芝居。時折、亡き芝翫を思わせる上品さで、大変行儀のよい芝居である。
それを受けて吉右衛門の長兵衛が大きい。これは藝格の大きさがそのまま役に反映されているからである。
それにしても、藝風の対照的な二人だが、それが干渉することなく、いやむしろ共鳴し、舞台上に光芒を放つのである。これは吉右衛門、勘三郎共に藝の充実を物語るものであり、是非ともこの顔合わせを他でも見たいと思わせた。
これを見逃しては、歌舞伎ファンは大損だろう。記憶に残ることの間違いない舞台である。
「口上」
私は、襲名披露口上が大好きである。この襲名という日本的なものは、歌舞伎の魅力の一つであることは疑いあるまい。
それにしても、勘九郎のテキパキとした口上。最近の充実ぶりが見て取れる、立派な新勘九郎である。
「春興鏡獅子」
新勘九郎の鏡獅子。もちろん夜の部の主役である。
さて、どうかというと勿論良い。とりわけ後ジテは、連獅子などで見せるいつもの迫力、キレの良い動き、と大変見応えがある。予想通りで実に堪能した。
さて、弥生であるが、私はこの踊りに注目をしてこの演目は見ている。さして踊りが分かるわけでもない私でも弥生の踊りを楽しめれば、それは文句なしであろうと思うからだ。
今宵の勘九郎は、踊りの楽しさを知らしめるとまではいかなかったが、よく踊っていたように思う。なるほど弥生として見ることができたというのが一因。ただ一つ気になったのは、この人の踊りには、丸み、がもう一つということ。柔らかさと言っても良いのだが、体がキレる人だけに、どうも「動けてしまう」きらいがあるように思う。
踊りの面白さは、必ずしも体が動くことでないことは、晩年の芝翫や富十郎が教えてくれた。実際に動いているかどうか、よりも、その動きの残像、もしくは延長のようなものを残せるかどうか、ではないか。
とまれ、新勘九郎の舞台はいずれそうした舞台を見せてくれるであろう予感に満ちている。
襲名披露興行として、もっとも嬉しいお土産である。
「ぢいさんばあさん」
パス
「鈴ヶ森」
吉右衛門、勘三郎の初顔合わせは、近年にない充実の舞台。新勘九郎の門出の興行に相応しい見事さ。
まず、勘三郎が本役で、隙のない芝居。時折、亡き芝翫を思わせる上品さで、大変行儀のよい芝居である。
それを受けて吉右衛門の長兵衛が大きい。これは藝格の大きさがそのまま役に反映されているからである。
それにしても、藝風の対照的な二人だが、それが干渉することなく、いやむしろ共鳴し、舞台上に光芒を放つのである。これは吉右衛門、勘三郎共に藝の充実を物語るものであり、是非ともこの顔合わせを他でも見たいと思わせた。
これを見逃しては、歌舞伎ファンは大損だろう。記憶に残ることの間違いない舞台である。
「口上」
私は、襲名披露口上が大好きである。この襲名という日本的なものは、歌舞伎の魅力の一つであることは疑いあるまい。
それにしても、勘九郎のテキパキとした口上。最近の充実ぶりが見て取れる、立派な新勘九郎である。
「春興鏡獅子」
新勘九郎の鏡獅子。もちろん夜の部の主役である。
さて、どうかというと勿論良い。とりわけ後ジテは、連獅子などで見せるいつもの迫力、キレの良い動き、と大変見応えがある。予想通りで実に堪能した。
さて、弥生であるが、私はこの踊りに注目をしてこの演目は見ている。さして踊りが分かるわけでもない私でも弥生の踊りを楽しめれば、それは文句なしであろうと思うからだ。
今宵の勘九郎は、踊りの楽しさを知らしめるとまではいかなかったが、よく踊っていたように思う。なるほど弥生として見ることができたというのが一因。ただ一つ気になったのは、この人の踊りには、丸み、がもう一つということ。柔らかさと言っても良いのだが、体がキレる人だけに、どうも「動けてしまう」きらいがあるように思う。
踊りの面白さは、必ずしも体が動くことでないことは、晩年の芝翫や富十郎が教えてくれた。実際に動いているかどうか、よりも、その動きの残像、もしくは延長のようなものを残せるかどうか、ではないか。
とまれ、新勘九郎の舞台はいずれそうした舞台を見せてくれるであろう予感に満ちている。
襲名披露興行として、もっとも嬉しいお土産である。
「ぢいさんばあさん」
パス
2012年1月17日火曜日
電話のマナーは貴重なスキルに?!
今日、会社で同僚の電話を取ったのだが、
なかなか凄い状況に陥った。ので聞いてほしい。どうぞ。
私:「はい、海山商事(言うまでもなく仮名)です」
電話の向こう:「え?!えー?!え?!」
私:「海山商事です」
電話の向こう:「え?!え?!」
私:「えー、海山商事ですが」
電話の向こう:「え?!え?! 磯野(もちろん仮名)さんじゃないんですか?!?」
私:「先ほどお帰りになりましたよ」
電話の向こう:「え?!え?!あ、わかりました」ガチャン。
つー、つー、つー。
ワカメの仕業だった。
確か中学生と聞いていたが、いきなり、え、を連発である。おい、電話のかけ方も知らんのか!と思ったところで気がついた。
「けーたいじぇねれーしょん」
そう、こいつ(ワカメね)、物心ついた時から携帯があって、電話と言えば携帯なんだな。で下手したら磯野家には家電(イエデンね。カデンではない)がないかもしらん。
そうすると、電話かけたら出るのは決まって「話したいと思っている相手」なのである。つまり、今日のワカメにとってのフネだ(サザエではないぞ、諸君)。
これがけーたいじぇねれーしょんの常識であり、たとい会社の電話であってもそれをアナゴくん辺りがとる、ということは埒外な沙汰なのである。
うーん。ワタクシはうなった。うーん。
こいつらの仲間はそろそろ社会に出始めていて、そいつらが会社員として電話を使う時には、結構恐ろしいことになる、いやなっているのではあるまいか?
他社に電話かけて、いきなり、「あ、俺っす」などと言い出すのではあるまいか(それはないか。。)
なお、磯野はとんでもない非常識なおばはんなので、
「シツケがなってない」
が、答えなんだと思うがね。つーか、そう信じたい、よ、ほんと。
なかなか凄い状況に陥った。ので聞いてほしい。どうぞ。
私:「はい、海山商事(言うまでもなく仮名)です」
電話の向こう:「え?!えー?!え?!」
私:「海山商事です」
電話の向こう:「え?!え?!」
私:「えー、海山商事ですが」
電話の向こう:「え?!え?! 磯野(もちろん仮名)さんじゃないんですか?!?」
私:「先ほどお帰りになりましたよ」
電話の向こう:「え?!え?!あ、わかりました」ガチャン。
つー、つー、つー。
ワカメの仕業だった。
確か中学生と聞いていたが、いきなり、え、を連発である。おい、電話のかけ方も知らんのか!と思ったところで気がついた。
「けーたいじぇねれーしょん」
そう、こいつ(ワカメね)、物心ついた時から携帯があって、電話と言えば携帯なんだな。で下手したら磯野家には家電(イエデンね。カデンではない)がないかもしらん。
そうすると、電話かけたら出るのは決まって「話したいと思っている相手」なのである。つまり、今日のワカメにとってのフネだ(サザエではないぞ、諸君)。
これがけーたいじぇねれーしょんの常識であり、たとい会社の電話であってもそれをアナゴくん辺りがとる、ということは埒外な沙汰なのである。
うーん。ワタクシはうなった。うーん。
こいつらの仲間はそろそろ社会に出始めていて、そいつらが会社員として電話を使う時には、結構恐ろしいことになる、いやなっているのではあるまいか?
他社に電話かけて、いきなり、「あ、俺っす」などと言い出すのではあるまいか(それはないか。。)
なお、磯野はとんでもない非常識なおばはんなので、
「シツケがなってない」
が、答えなんだと思うがね。つーか、そう信じたい、よ、ほんと。
2012年1月8日日曜日
一月の歌舞伎
新橋演舞場 夜の部
「矢の根」
三津五郎の五郎。何をしてもそつない三津五郎であるから、もちろん良いのだが、歌舞伎十八番というのは恐ろしいもので、イマイチ面白くないのである。もっと華が必要、ではないかと思う。それだけ役者の大きさが問われる演目なのだろう。
田之助がなんとも行儀の良い姿で舞台をしめるのは流石。
「連獅子」
今日のお目当てはこれ。
鷹之資の後見役となった吉右衛門の決意の舞台といったところか。
天王寺屋のファンとしては、非常に嬉しい話である。
さて、踊りだが、播磨屋ファンとして言いづらいところだが、吉右衛門はやはり踊れない… 逆に言えばこれだけ踊れないにも関わらず、連獅子をやるのがえらい。
鷹之資は、ひいき目もあろうが折り目正しい良い踊りではないか。決まりも美しく、素晴らしいと思う。
良い追善になった。
「神明恵和取組」
これはそれなりに楽しめるのだが、もっと役者が集まって大顔合わせになった方がより良いのだろうと思う。プロットが他愛ない(歌舞伎の演目はそもそもそうだが)ので、どうしても見どころは派手な立ち回りになりがち。音羽屋なので無難ではある。
最後の幕はパス。
「矢の根」
三津五郎の五郎。何をしてもそつない三津五郎であるから、もちろん良いのだが、歌舞伎十八番というのは恐ろしいもので、イマイチ面白くないのである。もっと華が必要、ではないかと思う。それだけ役者の大きさが問われる演目なのだろう。
田之助がなんとも行儀の良い姿で舞台をしめるのは流石。
「連獅子」
今日のお目当てはこれ。
鷹之資の後見役となった吉右衛門の決意の舞台といったところか。
天王寺屋のファンとしては、非常に嬉しい話である。
さて、踊りだが、播磨屋ファンとして言いづらいところだが、吉右衛門はやはり踊れない… 逆に言えばこれだけ踊れないにも関わらず、連獅子をやるのがえらい。
鷹之資は、ひいき目もあろうが折り目正しい良い踊りではないか。決まりも美しく、素晴らしいと思う。
良い追善になった。
「神明恵和取組」
これはそれなりに楽しめるのだが、もっと役者が集まって大顔合わせになった方がより良いのだろうと思う。プロットが他愛ない(歌舞伎の演目はそもそもそうだが)ので、どうしても見どころは派手な立ち回りになりがち。音羽屋なので無難ではある。
最後の幕はパス。
2011年11月10日木曜日
今月の歌舞伎 十一月
新橋演舞場 夜の部
「外郎売」
パス
「京鹿子娘道成寺」
菊之助の道成寺。渡辺保先生のいう時分の花で、実に美しいが、肝心の踊りは面白いものではなかった。
性根を顔で表し過ぎるきらいがあり、振りもはっきりしているようでそうでもない。落ち着いているようだが小さくまとまっているだけに見える。悪い時の福助をおもわせる…
菊之助ファンだからこそ、誹りを恐れずに書いている。
この大曲は、人気があり、客はわく。それにおごらず恐れをもって必死に踊ってもらいたい。まだ、余裕をもって道成寺を踊れる域には達していないのだから。
「髪結新三」
これぞ、顔見世という一幕。
毎度懲りずに言っているが、梅枝がよく、時蔵とのコンビで序幕を手堅くまとめたので、そのまま、うまく菊五郎の出番につないだ。梅枝の偉いところは若いのに台詞まわしがきっちりと定まっているところ。古風の顔立ちとあいまって、間違いなく新しい歌舞伎座で活躍する役者になるだろう。彼のような歌舞伎役者こそ大事にすべきだ。なお、菊五郎劇団では、菊之助が立ち役にまわった際に、梅枝が相手役をつとめるようになると私はみている。
菊五郎の良さはあらためて言うまでもなかろう。この台詞まわしを規範にしてもらいたいものだ。リズム、抑揚、どれをとっても聞かせる。世話でくだけてもくずれない。この巧さは、もう一度言うが、規範にしてもらいたいものだ。
「外郎売」
パス
「京鹿子娘道成寺」
菊之助の道成寺。渡辺保先生のいう時分の花で、実に美しいが、肝心の踊りは面白いものではなかった。
性根を顔で表し過ぎるきらいがあり、振りもはっきりしているようでそうでもない。落ち着いているようだが小さくまとまっているだけに見える。悪い時の福助をおもわせる…
菊之助ファンだからこそ、誹りを恐れずに書いている。
この大曲は、人気があり、客はわく。それにおごらず恐れをもって必死に踊ってもらいたい。まだ、余裕をもって道成寺を踊れる域には達していないのだから。
「髪結新三」
これぞ、顔見世という一幕。
毎度懲りずに言っているが、梅枝がよく、時蔵とのコンビで序幕を手堅くまとめたので、そのまま、うまく菊五郎の出番につないだ。梅枝の偉いところは若いのに台詞まわしがきっちりと定まっているところ。古風の顔立ちとあいまって、間違いなく新しい歌舞伎座で活躍する役者になるだろう。彼のような歌舞伎役者こそ大事にすべきだ。なお、菊五郎劇団では、菊之助が立ち役にまわった際に、梅枝が相手役をつとめるようになると私はみている。
菊五郎の良さはあらためて言うまでもなかろう。この台詞まわしを規範にしてもらいたいものだ。リズム、抑揚、どれをとっても聞かせる。世話でくだけてもくずれない。この巧さは、もう一度言うが、規範にしてもらいたいものだ。
2011年10月19日水曜日
コンデジ VS iPhone4
iPhone4Sのカメラがかなりよいという記事を見かけた。ほほう。だから、買えないって、毎年はさぁ、ちぇー。と思いつつ、歴代iPhoneの写真の比較はおもしろかったな。
折しも、我が家で、コンデジがさみしく机の引き出しに押し込まれている事実が発覚していた。仕事でも一時活躍したリコーのコンデジである。1cmまで寄れるマクロが売りの逸品である。こいつと、愛機4との写真を比べてみようと思い立っての比較が以下。へえ、コンデジの描写力ってさすがだね。
コンデジ
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